あたし

Y、恋がしたくなる

恋がしたいんだってさ、Y。
せっかく大枚はたいて胸膨らませたのにそれを見せる相手が居ないのは悲しいらしい。

いいじゃん、別に、自分だけで楽しんでれば、とあたし。

いやよぉ、好きな男に見てほしいのよぉ、とY。

見てもらうだけでいいんですか、とDちゃん。
へらへら笑いながら聞いた瞬間、しまった、と言う顔になる。
こじじは俺は知らんと言う風に横を向いてテレビに夢中のふり。

見てもらうだけじゃ、アレだけどさぁ、とDちゃんに微笑みかけるY。

Dちゃんは突然「あっ、しらたま!おしっこしたいの?」と叫んで立ち上がる。
しらたまはおとなしくしてたのに何だか大声で話しかけられて困惑。

しらたまを抱き上げて外に出て行くDちゃんを見送りながらYはため息。

ねぇ、男って、どこいらで見つけたらいいのかしら。

その辺にいくらでも居るじゃない。

変なのに当たったら困るでしょうが、連続殺人犯とかさ。

こじじがYを横目で見る。

なによ、とYに尋ねられて無言で首を振るこじじ。

あのさ、マーケットとかコインランドリーとかって、男釣りやすいってよ。

ほんと?

うん。マーケット行ってさ、りんごとか何か選んでる時に声掛けたり掛けられたり。

へぇ。

あと、コインランドリーでさ、「洗剤、忘れちゃった」とか言ってさ。

へぇ・・・行ってみようかしら、じゃあ。

うん。

そんな事を話しているうちにDちゃんが戻って来る。
しらたまはまだ困惑している。

ねぇ、Dちゃん、とY。

なんですか?と答えるDちゃんの声には警戒心があふれる。

マーケットとかコインランドリーで女の人に声掛けたことある?

レジのおばさんにならありますよ。お釣り足りないんじゃないですかって。

コインランドリーは?

僕のパンツ盗もうとしたおばさんを怒鳴りつけたことはありますけど。

あなたね、ほんとに女心がわかんない子ね。

判るわけないじゃないですか、男ですよ、僕。

困惑するDちゃんの腕の中で、しらたまはやっぱり困惑している。

菅沼夫人(仮名)

テレビや映画で、出演者が何か可笑しい事を聞いて飲み物吹き出しますね
かなりイタイ演出だとあたしは常々思ぅておりましたが。
嘘っこであれだけイタイんだから現実に、己の身にそれが起こったらですね
もっとイタイです。
かなりイタイです。
実家に電話してあたしの戸籍抄本を燃してくれと、
あれはなかった事にしちゃあくれませんかのぅと、
涙ながらにすがりつきたくなります。
それくらい、イタイです。

それもこれも菅沼夫人(仮名)のせいです。

そもそも、YとTが「ブランチ行こうよ」と誘って来た時点で怪しかった。
あのYが「もう一人、来るんだけど・・・」と口篭った時点で気付くべきだった。
「第三の女」があの菅沼夫人(仮名)であると気付いた時にはもう遅すぎた。

菅沼夫人(仮名)というのは、YやTなんて足元にも及ばないツワモノである。
所謂ショーシャもんのワイフと呼ばれる、要するに現地駐在員の奥さんで
元々「すごい」カテゴリーに入るこんな感じの顔を散々弄り倒したせいで
常に浪花原人がびっくりした様な顔をしている。
Y筋の情報によると皺伸ばし手術を軽く5回はしているらしい。
もう、顔中がぱっつんぱっつんになってて下手に毛抜きでもしようもんなら
ぱっつーんと弾けて飛んでっちゃうんじゃないかってくらいぱっつんぱっつんで
あたしは常日頃、指でぱっつんしてみたいと舌なめずりをしていたのだが
いざ本物を目の前にすると食事時に指ぱっつんはまずいなと言うことで断念。

いや、あたしが水をぶはっ!としたのは顔ぱっつんのせいじゃなくて
菅沼夫人(仮名)の悪名高い言葉遣いのせい。
聞いていて耳から顎にかけて妙に突っ張ってしまう言葉遣いをするのだ。
語尾はたいてい「〜ざぁますの」「〜くてよ」「〜あそばせ」
顔ぱっつんがこう言う言葉を遣うのを聞いて冷静を保てるあたしではない。
物凄い笑い上戸のあたしは、笑い死に必至のネタがお待ちかねなのが明白、
且つ、笑っては失礼と言うような場は極力回避するよう努めているのだが
今回は逃げきれなかった。

ブランチが始まって5分後にはあたしはすでに頬がぴくぴく
笑っているのを誤魔化すためにわざとらしく咳き込む事数知れず
そんなあたしの苦労をよそに菅沼夫人はいつにも増して雄弁で
「宅が申しますには・・・」だの「そーなんざますのよ」だのとかまし続ける。
そして、あたしが水を口にがっぷりと含んだ正にその時
あたしの耳は恐ろしい言葉をキャッチしてしまった



宅の主人は胸毛がもっさりざますの


主人は・・・


胸毛が・・・


もっさり・・・


もっさり・・・


もっさりざますの・・・

慌てて手で口を押さえ、目を白黒させるあたしの耳元で
Yが埴輪みたいな顔でへ・い・じょ・う・しん、て囁いたのがとどめの一撃。

あたしはすごい勢いで水を拭き出した。

その後、優雅なブランチがどうなったかは知らない。

水びたしになったクレープのフルーツ包みは食べたくなかったし
顔ぱっつんの浪花原人の物凄い形相も怖かったから
己の不調法な様をすべて「昨夜からの風邪」のせいにして
あたしはそそくさと店を後にした。

菅沼夫人(仮名)がなぜわざわざ菅沼氏(仮名)の胸毛の濃さを引き合いに出したのか
そこんとこは誰にもわからない
あたしの覚えている限りでは胸はともかく、菅沼氏の頭はつるっパー。
きっと菅沼家では毛の話はご法度なのだろう。
そう考えれば、女同士の気のおけない(はずの)会話で亭主の唯一のふさふさ毛である
胸毛自慢をしてみたくなったのも頷ける。
哀しい女の性、とでも言おうか。(断じて言わない)



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